お金は口座に置いておけます。米は倉庫に積んでおけます。原油はタンクに入れておけます。
電気は、置いておけません。
電力系統には「在庫」という概念がない
発電所で作られた電気は、送電線を通って、その瞬間に誰かが使っています。使われなかった分は貯蔵庫に回されるのではなく、そもそも作らないように調整されているか、あるいは捨てられています。
これが同時同量という原則です。電力系統は、需要と供給を常に一致させながら運転されています。在庫でバッファを取るという、他のあらゆる商売で当たり前のやり方が、そのままでは使えません。
だから電力業界は、需要のピークに合わせて設備を持たざるを得ませんでした。年に数日の猛暑日に備えて発電所を確保し、それ以外の日は遊ばせておく。効率の悪い話ですが、貯められない以上そうするしかなかったのです。
貯められないから、値段が時間で暴れる
貯蔵できない商品の価格は、時間によって大きく振れます。
九州の晴れた休日の昼、太陽光が大量に発電すると、電気は余ります。余っても倉庫に入れられないので、価格は沈みます。深く沈んでもまだ余るなら、発電そのものを止めます。出力制御です。せっかく作った電気を、行き場がないという理由で捨てている。
その数時間後、日が暮れて太陽光が引くと、今度は足りなくなります。価格は上がります。同じ1kWhなのに、朝と夕方で値段が違う。品質は完全に同じなのに、です(同じ1kWhの価値が時間で変わる理由)。
米や原油であれば、安い時に買って倉庫に積み、高い時に出す人が現れます。その動きが価格の振れを均します。電気にはそれができなかった。だから振れが残り続けてきたわけです。
「貯められる場所」が持つ意味
蓄電池がやっているのは、この前提を部分的に崩すことです。
余っている時間に電気を引き取り、足りない時間に戻す。電力系統に、いままで存在しなかった「在庫」を用意する。それだけのシンプルな仕事です。
ただ、シンプルだからこそ効きます。捨てられるはずだった電気が使えるようになり、ピークのために確保していた設備の一部が要らなくなる。系統全体から見れば、貯められる場所はあればあるほど合理的です。
そして、その仕事に対して対価が支払われる仕組みが整ってきました。卸電力市場での価格差、需給調整市場での待機と応答、容量市場での供給力の確保。電気を貯めて動かす能力に、市場が値段をつけ始めたということです(レベニュースタッキング)。
蓄えることは、昔から価値だった
考えてみれば、これは新しい話ではありません。
穀物を蓄えられるようになったから、人類は凶作を越えられました。氷室が作れるようになったから、夏に冷たいものが食べられるようになりました。蓄えるという行為が、時間をまたいで価値を運ぶ。その対象に、ようやく電気が加わったというだけのことです。
エネルギーの需要が増え続ける時代に、貯められる場所を一つ持っておく。蓄電池投資という選択の本質は、そこにあると考えています(蓄電池は「電気の金庫」である)。
一方で
貯められる場所が増えれば、当然ながら価格差は縮まる方向に働きます。参入が進んだ将来にわたって今の収益水準が続く保証はありません。この点は正直に申し上げておきます(リスクの話を正直にします)。
それでも、需要側の増加ペースを考えると、貯める側が過剰になるのはまだ先だろう——というのが、現時点での私たちの見立てです。
※市場価格および制度は将来変動する可能性があります。
